世界食べ尽くしの旅 Españoleando

スペイン在住のフードライターが、素敵な人達に出会いながら、世界中を遊んで食べ尽くすの記録

スペインの闘牛の起源と歴史 スペインの伝統文化「闘牛」は何時何処で見る?

      2018/03/16

スペインと言えば闘牛。でも実はこの闘牛、殆どのスペイン人が嫌っています。特に若者達。動物愛護の精神から闘牛をスペインと結び付けて欲しくない、そう思っている人達の方が多いんです。私が住むバルセロナの街では既に闘牛が禁止されました。今後どんどん他の県にも影響していくでしょう。でも勿論闘牛をスペインの文化として守っていきたい人達も存在します。

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スペインの闘牛 何時見る?何処で見る?

闘牛にはシーズンがあります。基本的に春から秋にかけて。サッカーが秋から春にかけてなので、スペイン人達を熱狂させる2つがかぶらないようになっているのです。

闘牛は動物愛護の考えから人気がガタ落ちしています。特に若者の闘牛離れが激しい。でも闘牛はスペイン各地のお祭りと共に開催されます。熱狂的なファンは減っていますが、お祭と言えば闘牛、なスタンスはそのままです。特に人気のあるサン・フェルミンの牛追いには今でも多くの若者が参加します。

春から夏にかけて色々な場所で開催される闘牛。有名な闘牛は有名なお祭と共にあるので3月のバレンシア地方の「火祭り」、5月のマドリッドの「サン・イシドロ祭」、7月にパンプローナで開催される「サン・フェルミン祭」、10月中旬のサラゴザの「ピラール祭」で闘牛を観戦すればスペイン最高峰の闘牛士による最上の闘牛を見る事が出来ます。

大きな祭りの有名な闘牛士による由緒ある闘牛牧場からやってくる最強の牛で行われる最上の「闘牛」はチケットが取りにくく、お値段も高騰します。1回試しにみるだけなら地方の祭りで見た方が良いかもしれません。

闘牛は好き嫌いが激しく分かれるので、安い値段なら途中退場もし易いです。でも席を立つ場合は必ず切れ目を見計らって退場するようにして下さい。

 

スペインの伝統 闘牛の起源は何処に?

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春の訪れと共にスペインにある6000以上の闘牛場の扉が開かれます。

好き、嫌い、賛成、反対、芸術、低俗、伝統文化、野蛮文化、スペインにおいて一番物議をかもし出すのがこの「闘牛」の存在なのかもしれません。

闘牛で殺される牛はとても由緒正しき牛です。その歴史は深く、遥か紀元前にまで遡ります。紀元前2000年頃の旧石器時代、狩猟世界であった時代の壁画に一番数多く描かれているのが野生の牛です。

野生の牛は収穫の守り神として称えられ、それが何時しか神聖なモノに捧げる生贄的存在となりました。神の存在が確立していなかった時代に神格化されていた巨木や巨石に捧げられたのです。

この傾向はスペインに限った事ではありません。例えば同じ時代のクレタでも、春の訪れを祝う半魔術的な祭で1人の青年が牛と闘い、殺し、その血を村の大地に撒く習慣がありました。一説ではそれが闘牛の起源とも言われています。

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宗教的な儀式としての闘牛からサーカスへ

ローマ時代となると宗教的な意味が失われ、”パンとサーカス”の名のごとく、スペクタクルな見世物としての「闘牛」が始りました。中世になるとサーカス的な「闘牛」は姿を消し、今度は戦の練習用として馬に乗った騎士が牛と戦うようになりました。

15世紀以降は新兵器の発明によって騎士達の戦い方が変わり、このような訓練は必要とされなくなりました。でも騎士達の技能や勇気を試す為の「闘牛(牛と人との戦い)」は失われませんでした。

騎士達は広場に集まり、牛と戦う事によって技量を競い、村人達はこぞってそれを見物しに出かけました。馬の上から手槍で牛を突くスタイルの闘牛が生まれたのがこの頃です。

闘牛はエリート達によるスポーツで、エリート達が一般庶民に披露する演劇、サッカー、サーカス、のようなモノでした。それを貧乏人達に混じって狂喜乱舞していたのがカルロス5世です。彼は王族の中で一番の闘牛好きとして知られ、彼の統治下で盛んに闘牛が催されました。

 

金持ちから貧乏人達の手に渡った闘牛

1700年、カルロス2世が世継ぎの無いまま死亡するとスペイン継承戦争が始まりました。勝利したのは初のブルボン王朝家のフェリーペ5世です。

彼が王としてスペインへと乗り込んで来た時、寵臣達はどうにか彼を喜ばそうと闘牛に連れ出しました。でもこの方、フランス人にアリガチな(←かなりの独断と偏見)拒絶反応を示しました。

そうなると勿論家臣たちも王にならい、右にナラエで闘牛離れが始まります。そうして王族、貴族達が闘牛から離れていくと、貧乏人による貧乏人の為の「闘牛」の時代が幕を開けました。そしてそれは一攫千金を目指した、アメリカンドリーム的な「闘牛」へと進んでいくのです。

 

見世物から芸術へと変化していった闘牛

歴史的に初期の頃の闘牛は、芸術と呼ぶには程遠いシロモノでした。セレクションが無い為、人間相手には大き過ぎる8~10才の牛が使用されていました。(現在使用されているのは5才前後の牛)

なので戦うと言うよりは、逃げ惑う感が強い、ドタバタ大喜劇のようなモノだったのです。

そんな闘牛に「待った」をかけ、「俺は美しく闘牛したいんだ!!!」 と叫んだのはフアン・ベルモンテ(Juan Belmonte)、闘牛士の父と呼ばれる男です。

彼の出現によって闘牛の基礎が出来上がり、闘牛の芸術化が始まりました。それが現在に続く、スペインの伝統文化としての闘牛の礎です。

 

スペインの闘牛のこれから

バルセロナでは闘牛が法律で禁止され、闘牛場は外側だけを保存してショッピングセンターに改造されました。闘牛シーズンとなると各地の闘牛場で動物愛護団体の抗議活動が起ります。今後はバルセロナのように闘牛が禁止される県も出てくるかと思います。

闘牛を「伝統文化」「芸術」とするグループと「動物虐待」として激しく抗議するグループ。両極端の2つのグループはどちらも少数派ではありますが、スペイン国民の大半が闘牛を好ましく思っていない立ち位置にあります。もうスペインと言えば闘牛、そんな時代は終わっていくのかもしれません。

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