スイスは電車好きの聖地です。国土のほとんどが山岳地帯でありながら、毛細血管のように張り巡らされた正確無比なダイヤ。中には富士山とほぼ同じ標高まで一気に駆け上がる列車すらあります。今回はスイスならではの美しい大自然を車窓から楽しむことができる、観光客に人気の鉄道を紹介します。
「世界一遅い特急」で過ごす贅沢な8時間:氷河特急(グレッシャー・エクスプレス)

Champer, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, via Wikimedia Commons
観光客から1番人気の鉄道といえば、最新のパノラマ展望車両でスイス南部を東西に貫く氷河特急(グレッシャー・エクスプレス)でしょう。新しいトンネル(フルカベーストンネル)が開通したことで、車窓から名前の由来となったローヌ氷河を見ることはできなくなりましたが、見所は他にも有り余るほどあります。
氷河特急の平均時速は35km。世界で最も遅い特急です。標高差1400m、全長275kmを約8時間かけて走行し、291の橋、7つの谷、91のトンネルを通過します。最高到達点はオーバーアルプ峠の2044m。
最大の見所:ラントヴァッサー橋
氷河特急のハイライトとなるのがラントヴァッサー橋です。1904年に完成したアーチ式石橋で、長さ136m、高さは65mあります。最大の難所と呼ばれた渓谷にラントヴァッサー橋がかけられたことで、東西の鉄道が結ばれ大きな経済効果ももたらされました。
名物・名産
氷河特急の起点・終着点となるサン・モリッツがあるグラウビュンデン州では、クルミをたっぷり使ったキャラメルタルト「ブレンナー・ヌストルテ」が名物です。日持ちもするため、車内でのコーヒータイムのお供や、お土産にも最適です。
南北を繋ぐ世界遺産の絶景:ベルニナ特急
氷河特急と並んで人気が高いのがベルニナ特急です。湖、山、森、様々に変化する絶景の連続を車窓から楽しむことができます。標高差も大きく、最低地点はイタリア領の町ティラーノの429m、最高到達点はベルニナ峠の2253mです。
なぜベルニナ線は「世界遺産」なのか?
ベルニナ特急は歯車を使ったラック式ではなく粘着式鉄道、つまり普通の電車です。それでいて、ラック式並みの標高に達するので、多くの国の登山鉄道の手本となりました。日本の箱根登山鉄道もベルニナ特急をモデルにして作られています。最新の車両では窓がさらに大きく、UVカット加工が施されており、アルプスの強い日差しを遮りつつ、クリアな写真撮影が可能です。
驚異のエンジニアリング:ブルージオのループ橋

Kabelleger / David Gubler (http://www.bahnbilder.ch), CC BY 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/3.0>, via Wikimedia Commons
見るもの全てが美しい路線ですが、必見はブルージオのループ橋です。世界的にも珍しい円形の橋で、列車は高低差を調節するためにぐるっと一周します。勾配は70‰(パーミル)。世界で一番有名なループ橋で、日本のCMにも使用されました。
ティラーノの名物
終点ティラーノ(イタリア)でぜひ食べていただきたいのが、そば粉を使ったパスタ「ピッツォッケリ」です。チーズとキャベツ、ジャガイモを和えた濃厚な味わいは、旅の疲れを癒してくれます。
Top of Europe:ユングフラウ鉄道と最新アクセス
1912年に開通した全長9.3kmのユングフラウ鉄道。ヨーロッパで一番高い地点にある駅に達することから人気を博しています。富士山の高さは3776m、そして「Top of Europe」と呼ばれるユングフラウヨッホ駅の標高は3454mです。
終点のユングフラウヨッホ駅は地中にあり、隣接するスフィンクス展望台には108mを25秒で上るスイス最速のエレベーターで上ります。ヨーロッパで最も標高が高い展望台で、3591mあります。
困難を極めた開通作業
ユングフラウ鉄道は技術的、そして予算的に実現不可能とされていました。とくに魔の山と恐れられたアイガー山中にトンネルを作る作業は困難を極め、工事中の爆発事故で作業員が命を落としています。完成まで16年を費やしました。
ユングフラウ鉄道が開通したことで、かつては経験を積んだ登山家しか見ることが出来なかったアルプス3大名峰のひとつ、ユングフラウが身近な山となったのです。
「アイガー・エクスプレス」の活用
2020年に開業した最新鋭の3Sロープウェイ「アイガー・エクスプレス」により、グリンデルワルトからユングフラウヨッホまでの所要時間が大幅に短縮されました。往路はロープウェイでアイガーの絶壁を間近に眺め、復路は伝統的な登山鉄道でゆっくり下るというルートが最も推奨されています。
世界一の急勾配に挑む:ピラトゥス鉄道

Maria Feofilova, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons
世界一の急勾配を誇るのが、1889年に開通したピラトゥス鉄道です。最大傾斜度48%、4.8kmしかない路線ですが標高差は1629mもあります。さらに特異なのは、ラック(歯車)式の中でも世界唯一となるロッヒャー式を採用していること。所要時間は約30分です。
ロッヒャー式とは?
通常のラック式鉄道は歯車が垂直に噛み合いますが、ピラトゥス鉄道の「ロッヒャー式」は、あまりの急勾配で歯車が浮き上がるのを防ぐため、2つの歯車がレールを左右から水平に挟み込む特殊な構造をしています。この唯一無二の技術を、ぜひ駅のホームで間近に観察してみてください。
オーバーハウプト展望台
オーバーハウプト展望台(標高2016m)は、ピラトゥス山頂駅から徒歩15分の距離にあります。ピラトゥス山は、ドラゴンや亡霊が出る魔の山として恐れられ、数百年に渡って入山が禁止されていました。ピラトゥス鉄道の開通により、今では多くの人が訪れる一大観光地となっています。
スイスで一番美しい町:ルツェルン

Gabrie90, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons
ピラトゥス山を訪れた後は、スイスで一番美しい町ルツェルンを観光しましょう。町のシンボルとなるのは、ヨーロッパ最古の木造の橋、カペル橋です。長さ200mの屋根付きの橋で、1333年に建てられたのですが1993年の火災で大部分が消失、しかし直ぐに忠実に復元されました。
ルツェルンの名産
近隣のルツェルンでは、パイ生地の中にホワイトソース、肉、キノコ、レーズンを詰めた伝統料理「ルツェルナー・クーゲリ・パステーテ」をぜひご賞味ください。
湖畔の貴婦人と蒸気機関車:ブリエンツ・ロートホルン鉄道

Johnw, Public domain, via Wikimedia Commons
現在でもまだ電化されていない、スイスで唯一蒸気機関車での定期運行を継続しているのがブリエンツ・ロートホルン鉄道です。1892年開業当時の機関車を使用し、ブリエンツ湖畔からブリエンツァー・ロートホルンまでの標高差1700mをゆっくり進みます。
環境への配慮
ブリエンツ・ロートホルン鉄道はカーボンオフセットプログラムを導入しており、歴史的な蒸気機関車を運行しつつも、環境負荷を最小限に抑える取り組みを行っています。もくもくと煙を吐きながら登る姿は、鉄道ファンのみならず、古き良きヨーロッパを愛する人々の心を捉えて離しません。
マッターホルンの絶景を独り占め:ゴルナーグラート鉄道

Ch-info.ch, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons
アルプス3大名峰のひとつマッターホルンは、スイスで最も有名な山。1898年開通のゴルナーグラート鉄道は、マッターホルンを間近で楽しめることから人気があります。標高3089mにある終点ゴルナーグラート駅は、地上駅としてはヨーロッパで最も高いところにあります。
ゴルナーグラート展望台
終点駅にはスイスで最も見応えがあるとされるゴルナーグラート展望台があります。マッターホルンはもちろん、スイス最高峰のモンテ・ローザ(4634m)、そしてゴルナー氷河の迫力ある景色を堪能できます。
エーデルワイスの復活
「高貴な白」を意味し、スイスを代表する花がエーデルワイスです。スイスの国花ですが、野生のエーデルワイスを見ることは近年難しくなっていました。アルプスの高地で放牧が行われるようになり、牛に食べられてしまったのだそう。しかし、2020年代からの環境保護活動と植生管理により、ゴルナーグラード鉄道の発着点となるツェルマット近辺で、野生のエーデルワイスの群生が見られるようになっています。夏にトレッキングをしながらその可憐な姿を探すのも楽しみの一つです。
「山の女王」への旅:リギ鉄道

Kabelleger / David Gubler (http://www.bahnbilder.ch), CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, via Wikimedia Commons
ヨーロッパ最古の登山鉄道で1871年に開通しました。ルツェルン湖畔のフィッツナウと「山の女王」と称されるリギ山頂を結びます。夏の間はベルエポック調の蒸気機関車も特別運行し人気を集めます。
ヴィクトリア女王も愛した山
19世紀、イギリスのヴィクトリア女王が籠に乗って登頂したというエピソードが残るリギ山。鉄道開通後は、マーク・トウェインなどの文豪も訪れました。
四季折々の谷を抜けて:チェントヴァッリ鉄道

NAC, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, via Wikimedia Commons
スイスのマッジョーレ湖畔の町ロカルノとイタリアのドモッドソラを結ぶチェントヴァッリ鉄道。イタリア語で「100の谷」を意味し、その名の通りの素晴らしい景色を楽しむことができます。
ゴールデン・パス・ライン
スイス西部のモントルーと東部ルツェルンを結ぶゴールデンパス・ラインが走行するレマン湖地方は、5月から6月の初めに野生のナルシスの花が一斉に咲き乱れます。ナルシストの語源となった可憐な花で、草原がまるで雪原のようになることから「5月の雪」と呼ばれています。
鉄道技術の結晶:ゴールデンパス・エクスプレス
2022年末に導入された「ゴールデンパス・エクスプレス」は、レールの幅が異なる路線を、車輪の幅を自動で変えることで乗り換えなしに直通運転できる最新車両です。モントルーからインターラーケンまで、優雅な革製シートに座ったまま、スムーズな旅を楽しむことができます。
モントルーのグルメ
モントルーに滞在する際は、レマン湖で獲れる淡水魚「ペルシュ(パーチ)」のムニエルを白ワインと共に楽しむのが、地元流の贅沢な過ごし方です。


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