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イースター島のモアイは何故作られたのか、モアイの作り方、日本との関係

      2022/02/04

チリのイースター島でモアイ巡りツアーの通訳として働いていた時に、博識のガイドさんが教えてくれた、イースター島のモアイ像に関する色々な情報をまとめました。世界七不思議の一つ、イースター島のモアイの謎を紐解きます。

チリの世界遺産イースター島

南太平洋に浮かぶイースター島は、人が住む土地としては地球上で最も孤立した場所。一番近くの人の住んでいる大陸(チリ)は3,700kmの彼方にあり、一番近い無人島ですら400kmも離れているからです。

この絶海の孤島イースター島を世界的に有名にしたのが、謎に包まれた巨石文明モアイ (Moai) の存在。周囲60kmしかない小さな島に、1000体以上のモアイがあります。最大のモアイ像は高さ22メートル、重さは何と180トン。

これほど巨大で沢山のモアイ像を、イースター島の人達は何故、何処で、どのようにして作り、どう移動させたのでしょうか。同じようにみえて実は一つ一つ個性豊かなモアイの特徴、お値段、モアイ像と日本の深い深い関係についても解説します。

モアイは何処で作られたのか

イースター島にある98%、ガイドによっては90%のモアイ像が、ラノ・ララク(Rano Raraku) で作られました。どうしてなのでしょうか。ラノ・ララクとはイースター島南東部にある火山の噴火口跡で、モアイ像を製造していた石切り場を意味します。

巨大なモアイ像は、岩山の岩肌から切り出して作られます。モアイ像を作るにあたって、島にある色々な岩が試されました。ラノ・ララクの岩は凝灰岩です。凝灰岩とは火山から噴火された火山灰が地上や水中に堆積してできる岩石。

凝灰岩には水を吸うと柔らかくなり、細工しやすくなる性質があります。それでいて強度も充分ありました。イースター島では鉄が採れません。島で一番固い物質は玄武岩。モアイ像もこの玄武岩で作られたノミを使って、岩山から切り出します。

玄武岩のノミでも一番掘りやすかったのが凝灰岩で、ラノ・ララクは島で唯一の凝灰岩が採れる場所であった為、この場所でモアイ像が作られるようになったのです。

イースター島のモアイの作り方

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巨大なモアイ像を作るのは大変な作業です。例えば4~6mのサイズのモアイを作るにに、15~20人の人達が毎日働いて、1~2年かかったとされます。モアイの作り方は、次のような流れです。

1 ラノ・ララクの岩山の岩肌に、注文通りの大きさになるように、モアイの大まかなサイズの印をつけます。

2 モアイを顔から掘り始めます。このためラノ・ララクには岩肌に顔だけがはっきり掘られたものもあり、大変興味深いです。

3 モアイの前面が完成したら、岩から切り離す準備をします。

4 まずは頭を切り出します。頭は心臓よりも大切とされていました。理由は天に近く「マナ=聖なるパワー」を集めやすいからです。なのでモアイに関しては、何事も頭が優先です。

5 モアイの側面を切り出します。

6 モアイの背面に頭上から腰にかけて横向きに穴をあけ、木の杭を打ち込みます。その杭に水をかけて膨張させ、割れ目を入れて徐々に切り離します。同時に前からロープで引っ張り、後ろに小石を積み上げ支えながら、モアイを少しづつ切り離しました。

7 切り離したモアイを山の斜面を使って滑り落とし、事前に掘っておいた穴に垂直に立てます。この状態で顔や耳などを仕上げ、タトゥーを描いたペテログリフ(岩石線画)を施しました。

8 出来上がったモアイを移動させます。(方法については諸説があり、下記に詳しく書きます。)

9 モアイが置かれる予定の場所には、既にアフと呼ばれる台座が作られているので、その上にモアイ像を置きます。

10 最後の最後に目を入れます。目を入れる事で初めてマナが宿るとされるので、目を入れるまでのモアイの扱いは結構ゾンザイです。なので運搬途中で壊れたモアイなどは、そのまま捨て置かれました。

モアイ像は何故作られたのか

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イースター島の歴史は、口承によって伝えられてきたので殆ど文献がなく、長い期間モアイ像は大きな謎に包まれていました。近年の調査でモアイの台座から数多くの人骨が発見され、イースター島のモアイは、墓標的な役割で作られ始めた事が判明しました。

族長が亡くなると、族長に似せたモアイ像が作られます。先祖を祀ると同時に、モアイ像には村を守る守護神的な役割もありました。モアイの目には、マナと呼ばれる強力な精霊の力が宿るとされていました。

その為イースター島にあるモアイのほぼ全てが、海を背にして集落に顔を向ける形で配置されました。こうしてモアイが天と地を繋ぎ、先祖達と共に集落を見守っていたのです。

イースター島のモアイの大きさ

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モアイは3等身で、サイズ配分は、頭が1/3、体が2/3です。モアイの材質は無機物である石なので、放射線炭素測定が出来ません。そのため正確な年代を判定するのは不可能ですが、大きくなるほど年代が新しいです。

先祖崇拝を目的に作られたモアイですが、時代が進むにつれ部族の権力の大きさを象徴するようになりました。人口が増え部族の数が増えると、より大きなモアイを作る事で他の部族に対抗するようになります。

イースター島では1000年の長きに渡ってモアイ像が作られ続けていました。その長い年月の間に部族間の競い合いも激しくなり、技術の発達もあったので、モアイ像は時代が進むほど巨大化していきました。

モアイ像の特徴と入れ墨

イースター島のモアイは、族長などのエリート達がモデルとなっているので、よくよく観察するとお腹が出ただらしない体形をしています。そして爪が異常に長い。沢山食べる事ができ、働く必要がないので爪が伸び切っている、富裕層の特徴を大変良く表しています。

イースター島の先住民達は耳を伸ばす習慣があったので、耳が長いモアイ像が多いです。モアイの胴体にも注目して下さい。入れ墨を模したペテログリフ(岩石線画)が施されています。入れ墨はポリネシア文化圏でとても重要なものです。

例えばイースター島と同じ文化圏のニュージーランドのマオリ族は、体の左半分に母方、右に父方、真ん中に自分の地位を示す入れ墨を入れました。今でいう履歴書のようなものです。

イースター島のモアイの胴体に刻まれた彫刻も、正式には解明されていませんが、マオリ族と似たような履歴書のような意味合いを持ち、モデルとなった本人と同じ入れ墨が描かれたとされています。

全て同じように見えるモアイ像ですが、頭や顔の形が作られた年代によって異なります。そのモアイ像が作られた時代の判断材料となるので是非注目してみて下さい。

700年頃→頭の形がまるびを帯びていて左右対称の目を持つ

800年頃→耳が小さい  

1000年頃→顔が台形で耳が小さい

1200年頃→四角い顔

17世紀頃→長方形の顔、長い耳

イースター島のモアイ像の値段

イースター島にはモアイを作る専門の部族がいました。各村からモアイ制作の依頼を受けると、その部族達がラノ・ララクへ赴きモアイを製造しました。大きな労力を必要とするモアイのお値段は、かなりの額だったとされます。

モアイ製造の引き換えは、お金ではなくタロイモなどの食物でした。十分な食べ物を用意出来ない部族はモアイを持つことが出来ず、弱い部族とされてしまうので、どの部族も必死になって農作物を用意したのだそう。

巨大なモアイ像の動かし方

モアイの運搬方法には色々な説がありますが、イースター島の殆どの人達が先祖代々「モアイは聖なる力で歩いた」という物語を聞かされて育っています。だからガイドさん的にもその説が一押しなのだそう。

推測1:モアイを寝かせた下に丸太を置き、綱で引っ張って転がして運んだ。この説はイースター島が、かつては椰子の木で覆われていた事が証明されてから強く主張されるようになりました。モアイの過剰な製作が、島の天然資源を枯渇させたという説とも辻褄が合います。

推測2:立たせた状態のモアイに縄をかけ、両脇から交互に引っ張るようにして動かした。モアイの顔の溝にロープをくくりつけ、立った状態で目的地まで動かす事は、寝かせて移動させるより効率が良い事が確認されています。

更にはモアイは重心が真ん中にあるので倒れにくく、底は平面ではなく曲面になっているので、引っ張って動かしやすいのだそう。推測2の方法を使うと、モアイ像がまるで自身の力で歩いているような感じになります。

学説的には推測1の説が強いのですが、島の人達は断然推測2支持派。実際に推測2の方法を使って、4mのモアイ像のレプリカを動かした映像がYOUTUBEにあがっています。イースター島出身のガイドさんなら、嬉々としてそれを見せてくれるかと思います。

モアイと日本の深い深い関係

日本とイースター島とモアイには、実はとても深い繋がりがあります。イースター島には1000体近くのモアイ像がありますが、立っているのは40体ほど。そしてその殆どが最近になって起き上がらせたものです。

アフ・トンガリキはイースター島のみならず、ポリネシア文化圏最大の宗教儀礼の場所。220mある祭壇の上に、左から順番に古くなる、15体のモアイ像が立ち並びます。

モアイ像は権力の象徴だったので、イースター島で部族間抗争が始まると、モアイ倒し戦争へと発展します。勝った部族が負けた部族のモアイ像を倒していったので、終にはイースター島の全てのモアイが倒されてしまいました。

アフ・トンガリキのモアイ達も、モアイ倒し戦争後そのまま倒れた状態で放置されました。更には1960年のマグニチュード9.5のチリ沖地震によって流されてしまいます。

そんな壊滅的な状況であったモアイ達を救ったのが、日本のクレーン会社タダノ建設さん。TV番組の世界不思議発見で「クレーンがあれば、モアイを元通りにできるのに」とイースター島の知事が訴え、それを偶然見ていたタダノの社員が社長にかけあったのだそう。

タダノ建設は2台の大型クレーンを寄付しただけでなく、莫大な支援金も出して1991年から4年の歳月をかけてアフ・トンガリキの15体のモアイ像を立ち上がらせました。

島内最大規模のモアイ群が立ち起こされた事が切っ掛けとなり、イースター島は世界遺産に登録され、多くの観光客が世界中から訪れるようになりました。島の経済が大変潤ったので、イースター島の人達はかなり日本人びいきです。

アフ・トンガリキ遺跡の入り口には、日本を訪れた事のあるモアイ像も立っています。1982年の大阪万博の際に来日し、島の人達は「イースター島内で唯一パスポートを持つモアイ」と呼んでいます。

モアイと日本のただならぬ関係と、モアイ倒し戦争などに関しては別記事で詳しく説明してあるので、こちらも是非読んでみて下さい。

世界で2つしかない目入りのモアイ

イースター島にあるモアイ像には目がありません。1978年に粉々になったモアイの目が発見され、実は全てのモアイに目が入っていた事が判明しました。目にはマナと呼ばれる神聖なパワーを持つ霊力が宿るとされ、モアイにとってとても重要な意味合いを持ちました。

だからこそ部族間抗争がフリモアイと呼ばれるモアイ倒し戦争へと発展した時、まず最初に徹底的に破壊されたのがモアイの目でした。現存するモアイの目は一つだけ。イースター島にある博物館で保存されています。

イースター島内にはレプリカではありますが、唯一目の入ったモアイが存在します。ハンガロア村から徒歩圏内にあるアフ・コテリク(Ahu Kote Riku) のモアイ像です。モアイの目の白い部分は白珊瑚、黒目は赤みを帯びた凝灰岩を使っています。

面白い事に、世界にはもう一つ目の入ったモアイが存在します。日本の宮城県南三陸町にあるモアイ像です。南三陸町は1960年のチリ地震以来、チリと友好関係を結んでいたのでモアイ像を置いていました。

ところが東日本大地震による大津波で、そのモアイ像が流されてしまいます。それを知ったチリから、震災復興のシンボルとしてプレゼントされたのが、現在南三陸町にある目入りのモアイ像です。

南三陸町は世界ではじめてイースター島で作られたモアイ像が贈られた場所。多大な犠牲を出した南三陸町を、マナの神聖な力を宿したモアイが末永く見守る事ができるように、あえて目入りのモアイ像をプレゼントしたのです。

モアイ製造工場ラノ・ララクの見所

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ラノ・ララクには397体のモアイが現存します。島全体にあるモアイ像が1000体なので、その半分近くがラノ・ララクに集中しています。ラノララクの景色は本当にシュールレアリスム。視界の中にモアイ像がゴロゴロ転がる様は正に圧巻の一言です。

でもラノ・ララク一番の見所は、何と言っても製造途中のモアイ像を観察出来る事だと思います。「モアイは宇宙人によって設置された」なんて言う人もいますが、ラノ・ララクを訪れれば、この巨大な像が人の手によってコツコツと岩から切り出されて作られていた事が理解出来ます。

800年間に渡って巨大なモアイ像を切り出してきたので、岩山が不思議な形に変形しているのも感慨深い。ラノララクには運搬に失敗して破損(破壊)したとされるモアイも散在しています。目にするモノ何もかもがシュールで興味深い、それがラノ・ララクです。

モアイの頭の上にのせられたプカオ

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後期のモアイは頭の上にプカオを乗せています。プカオは帽子のように見えますが、当時のイースター島民がしていた髪型、長い髪を結った姿を表現しています。プカオが大きければ大きいほど、髪の毛が多かった=健康だった、又はより年長者だったとされています。

当時のイースター島の男性達は、髪を赤く染めていたので、プカオには赤みのある凝灰岩を使いました。円柱の形に石を切り出し、転がして移動させ、モアイの上にのせる直前に最終調整をします。運搬途中で削られて小さくなっても大丈夫なように、大きめに切り出したのだそう。

モアイだけでないイースター島の魅力

イースター島にはモアイの他にも色々な観光名所があります。イースター島への行き方、物価、食べ物、その他全ての情報を詰め込んだ、イースター島のまとめを別記事で作成しました。イースター島を訪れる前に絶対に読んで下さい。

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