「本場の味を求めて、あの国へ行こう!」そう思って計画した旅行、実はその料理のルーツは全く別の場所にあるかもしれません。今回は、世界の定番料理に隠された驚きのルーツを紹介します。
- チュロス:羊飼いの知恵か、中国発祥か
- ナチョス:アメリカ国境の町で生まれた「ナチョさん」の傑作
- クロワッサン:ウィーンの勝利を祝う三日月のパン
- フレンチオムレツ:スペインの窮地から生まれた知恵
- ミートボール・スパゲッティ:アメリカで花開いた移民の味
- キューバ風ライス:カナリア諸島のバナナが主役
- ハンバーグ:ユーラシア大陸を駆けた騎馬民族の糧
- ケチャップ:大航海時代を経て中国から世界へ
- フライドポテト:ベルギーが誇るユネスコ無形文化遺産候補
- ロシア風サラダ:モスクワの高級レストランから生まれた最高傑作
- ドーナツ:古代ギリシャの祭典から船乗りの知恵へ
- アップルパイ:イギリス王室のレシピからアメリカの象徴へ
- チーズケーキ:オリンピック選手も食べた古代のパワーフード
- シーザーサラダ:メキシコ国境ティファナでの奇跡の即興
- ミラネーサ:アルゼンチンの食卓で進化した「カツレツ」
- パスタ:4000年の時を越えアジアからイタリアへ
- ピザ:古代文明から続くフラットブレッドの歴史
- マルゲリータのピザ:王妃への献上か、あるいは古代からの伝統か
- フォーチュン・クッキー:サンフランシスコで開花した日本の「おみくじ」
- キウイフルーツ:ニュージーランドを象徴する「中国のベリー」
- スイスパン:マドリードの社交場から生まれた甘い誘惑
- ナポリターナ:イタリアではなくフランスから来たチョコレートパン
チュロス:羊飼いの知恵か、中国発祥か

スペインを代表するお菓子がチュロス。しかし、その起源はあまり明確ではありません。スペインの羊飼い、ポルトガルの船員、さらにはポルトガルの船員が中国のレシピをイベリア半島にもちこんだという中国起源説まで、様々な説がありいまだ議論が交わされています。
羊の角に似ているから「チュロス」
スペインの羊飼いが、野外で簡単に作れる揚げパンを「チュラ(羊の品種)」の角の形に似せて作ったという説が、スペインでは最も愛されています。チュロスで一番有名なのが、マドリードにある老舗「サン・ヒネス」です。世界中からの観光客がチュロスを食べにやってきます。
スペイン人風チュロスの楽しみ方
スペインでは夜通し遊んで朝帰りする前に、揚げたてのチュロスをホットチョコレートにつけて食べるのが定番です。そのため、チュロス専門店が一番混雑するのが明け方。夜遊びを楽しんだ若者たちで溢れています。
ナチョス:アメリカ国境の町で生まれた「ナチョさん」の傑作

メキシコを代表する料理がナチョス、と思われがちですが、ナチョスはメキシコ起源ではありません。正確には、メキシコ料理レストランでメキシコ人によって作り出された、アメリカ発祥の料理です。
シェフの機転が世界を変える
ナチョスはメキシコ料理レストランのチーフウェイターだったイグナシオ・アナヤ氏が、1943年に考案した料理。テキサス州の米軍基地からやってきた女性客たちのために、急いで料理を出す必要に迫られ、トウモロコシ粉のトルティーヤ、チーズ、ハラペーニョを使用して即席で用意した料理です。そのシェフの名の愛称がナチョだったので、ナチョスと呼ばれるようになりました。
クロワッサン:ウィーンの勝利を祝う三日月のパン

クロワッサンという言葉はフランス語ですが、クロワッサンのルーツはオーストリアにあります。17世紀にオスマン帝国が、ウィーン侵攻に失敗したことを祝うために作られたパンの形、という説が有力です。ウィーンのパン職人達は2種類のパンを作り、その1つを敵の敗北を揶揄するように三日月形にしました。トルコの半月旗がクロワッサンの原点となったのです。
クロワッサンがフランスへ渡った理由
オーストリアからフランスへ嫁いだマリー・アントワネットが、故郷のパンを懐かしんでクロワッサンをフランスに持ち込んだとされています。ウィーンでは「元祖クロワッサン」であるキプフェルと、フランス式クロワッサンを比較して楽しむカフェ巡りが人気です。
【ウィーンの名物】
クロワッサン発祥の地、ウィーンを訪れたら三日月形の「キプフェル」と、ウィンナーコーヒーのセットを楽しんでください。
フレンチオムレツ:スペインの窮地から生まれた知恵

フランス生まれでしょうか?実はそうではありません。スペインとフランスが争ったスペイン独立戦争以降、フレンチオムレツと呼ばれていますが、料理史研究家によればスペインのカディス地方が発祥だといいます。
1810年、フランス軍によるカディス包囲網の中で、ジャガイモが手に入らなくなったカディスの人達が、ジャガイモ抜きのスペイン風オムレツを作りました。どの家でも鶏が飼われていたので、卵だけは手にすることができたのです。そのため、皮肉を込めて「フランス人のせいで卵しか使えないオムレツ」と呼んだのが始まりなのだそう。
ミートボール・スパゲッティ:アメリカで花開いた移民の味

ミートボールスパゲッティはイタリア起源と思われがちですが、実際はアメリカ生まれのレシピです。とはいえ19世紀の終わりにイタリアからやって来た移民が考案したもので、ワシントンDCのスミソニアン博物館でそのレシピを見ることができます。
イタリアには存在しない料理
イタリア本国ではミートボールをパスタと一緒に食べる習慣はありませんでした。アメリカへ渡った移民たちが、安価に手に入るようになった肉をたっぷり使い、パスタと合わせたのが始まりです。映画『ゴットファザー』に登場したことで、世界的に有名な料理となりました。ニューヨークの「リトル・イタリー」は、映画のようなミートボールスパゲッティを求める観光客が絶えません。
キューバ風ライス:カナリア諸島のバナナが主役

ルーツが誤解されがちな、もう一つのスペイン料理がキューバ風ライスです。キューバの名が入りますが、キューバとは関係のないスペイン料理で、正確にいえばカナリア諸島が発祥の地です。そのため正当とされるレシピには、カナリア諸島名産のバナナフライが欠かせません。
19世紀頃から人気となり始め、当時のスペインが治めていたフィリピンなどの植民地にも広まりました。カナリア諸島で獲れるプラタノ(調理用バナナ)の甘みとトマトソースの酸味の組み合わせはまさに絶品。キューバではなく、是非スペインで味わって下さい。
ハンバーグ:ユーラシア大陸を駆けた騎馬民族の糧
今も昔も大きな議論の的となっているのがハンバーグの起源。ドイツのハンブルクが発祥の地だと思う人が多いのですが、実際はもっと別の場所、しかもかなり昔から存在していたようです。古代エジプトやローマ時代、チンギス・ハンのモンゴルにもハンバーグのような料理が存在した証拠があり、その起源を特定するのは難しいようです。
タルタルステーキからハンバーグへの進化
一般的な説では、モンゴル帝国の騎馬民族が食べていた「タルタルステーキ(生肉の細切れ)」が、13世紀頃にドイツのハンブルクに伝わり、焼いて食べられるようになったのがルーツとされています。
ケチャップ:大航海時代を経て中国から世界へ
ケチャップにも、思いもよらないルーツがあります。アメリカ発祥と思われがちですが、実はその大元はアジアにあります。中国の漁師たちがイワシを発酵させて作る「魚醤(ぎょしょう)」を、イギリス人が「ケチャップ」の名で輸入したのが始まりなのだそう。ただこのレシピにはトマトが含まれておらず、後からアメリカ人が付け加えた可能性は高いです。
語源は福建省の「鮭汁(ケー・チアップ)」
ケチャップの元祖は、驚くべきことに魚のソースです。発酵食品の再評価が進む中で、この「元祖・魚醤ケチャップ」を再現する動きも出ています。ケチャップの故郷、福建省の廈門(アモイ)では、新鮮な牡蠣を使った「オムレツ(蚵仔煎)」が有名です。是非、元祖ケチャップと共に食べてみて下さい。
フライドポテト:ベルギーが誇るユネスコ無形文化遺産候補

世界で最も人気のあるポテトフライは、欧米ではフレンチフライと呼ばれています。とは言え、この調理法は、フランスではなくベルギーが発祥です。Foodbeastのウェブサイトによれば、ベルギーで川が凍って釣りのできない季節に、魚に代わる料理としてフライドポテトを作り始めたのがきっかけなのだそう。
「フレンチ」フライという誤解の真相
第一次世界大戦中にベルギーに到着したアメリカ兵が、現地の兵士たちがフランス語を話していたため、彼らが食べていたポテトを「フランスのもの」と勘違いしたのが名前の由来です。その誤解が定着してしまったので、ベルギーでは「フリット」文化を世界遺産に登録する運動が最高潮に達しています。
ベルギーのフリットは牛脂で二度揚げするのが鉄則。中はホクホク、外はサクサクです。ベルギーではポテトフライはハンバーガーではなくムール貝と一緒に食べます。本場らしく、ケチャップではなくたっぷりのマヨネーズを添えて食べて下さい。
ロシア風サラダ:モスクワの高級レストランから生まれた最高傑作

欧米ではポテトサラダをロシア風サラダと呼んでいます。ロシア風とはいうものの、ロシアが起源の料理ではありません。ベルギー・フランス系のシェフ、リュシアン・オリヴィエが1860年代にモスクワの「エルミタージュ」というレストランで提供したのが始まりとされています。
そのため、ロシアや東欧では「オリヴィエ・サラダ」と呼ばれていますが、欧米ではロシアで流行った料理なのでロシア風サラダと呼ぶようになりました。元祖のオリヴィエ・サラダには、ライチョウやザリガニなど豪華な食材が使われることもあります。
ドーナツ:古代ギリシャの祭典から船乗りの知恵へ

ドーナツのルーツもかなり議論の的となります。アメリカで毎日のように食されているきわめてポピュラーなお菓子ですが、アメリカ起源ではありません。発祥地である可能性が最も高いのは古代ギリシャで、現在も変わらず愛されている伝統デザート「ルクマデス」が元になったとされています。
ドーナツの穴を開けたのはオランダ人
ドーナツの穴は、1847年にハンソン・グレゴリーという名の船乗りが作り始めました。オランダの伝統スイーツであるオリーボーレンに、船にあった胡椒のフタで穴を開けたのが始まりなのだそう。ハンソンが穴を開けた理由は、真ん中がどうしても生焼けになってしまうのを防ぐためだったと言われています。
アップルパイ:イギリス王室のレシピからアメリカの象徴へ

アメリカを代表するデザートですが、その起源は海の向こうのイギリスにあります。1390年頃に出版された英国の料理本「The Forme of Cury」によれば、リンゴ入りケーキをアップルパイという名で作り始めたのはリチャード2世の料理人たち。後にアメリカ大陸にもたらされ、絶大な人気を獲得しました。
アメリカンスピリットの象徴「As American as apple pie」
もともとはイギリスの料理ですが、19世紀のアメリカで開拓精神と共に広まりました。現在も、全米各地で「ベスト・アップルパイ」を競う大会が開かれており、もはやアメリカのアイデンティティそのものとなっています。ちなみにアメリカではアイスクリームですが、元祖アップルパイには、温かいカスタードをたっぷりかけるのがイギリス流です。
チーズケーキ:オリンピック選手も食べた古代のパワーフード
チーズケーキもアメリカと関連付けられることが多いですが、実際は古代ギリシャで生まれたデザート。古代ギリシャの医師Aegimoが記したチーズレシピの本に、初めてチーズケーキが登場しました。2000年以上もの歴史をもつ悠久のスイーツなのです。
第一回オリンピックでも振る舞われた!
紀元前776年の第1回古代オリンピックで、アスリートたちにエネルギー源としてチーズケーキが提供されたという記録も残っています。最新スポーツ栄養学の視点からも、理にかなった食事だったと言えますね。
シーザーサラダ:メキシコ国境ティファナでの奇跡の即興

シーザーサラダは古代ローマで生まれたという人もいれば、アメリカがルーツだとする人もいます。しかし、実際はメキシコ発祥の料理です。考案者はメキシコの都市ティファナにあるレストラン・カルディーニのシェフ、レミヒオ・ムルヒア。レストランのオーナー兼シェフであるセザール・カルディーニに敬意を表し、名前の英語読みである「シーザー」の名が付けられました。
ミラネーサ:アルゼンチンの食卓で進化した「カツレツ」

欧米ではスライスした肉(通常は牛肉)をパン粉で覆った料理を「ミラネーサ」と呼んでいます。多くの人がこのシンプルな料理をミラノの街と結び付けていますが、実際はイタリア移民によりアルゼンチンの首都ブエノスアイレスで生まれたレシピです。
「ウィンナー・シュニッチェル(ウィーン風カツレツ)」というミラネーサに良く似た料理があることから、昔のオーストリアが起源だとする説もあります。シチリア島のパレルモで人気の「パレルモ風コトレッタ」もよく似た料理です。
アルゼンチンのソウルフード
アルゼンチンでこの「ミラネーサ」は家庭料理の王者です。ブエノスアイレスではミラネーサにトマトソースとチーズをのせた「ナポリターナ風」が一番人気。巨大なミラネーサをシェアした後は、アルゼンチン名物の甘い「ドゥルセ・デ・レチェ」を挟んだクッキー「アルファホール」をどうぞ。
パスタ:4000年の時を越えアジアからイタリアへ
イタリア料理を語る上で欠かすことのできないパスタ。実はイタリアではなくアジアで生まれた食べ物。最古の麺は約4千年前に中国で作られたとされています。パスタはエトルリア人やギリシャ人によってもたらされた可能性もありますが、14世紀にアジアを旅したマルコ・ポーロがそのレシピをイタリアに持ち帰り、やがてイタリアの国民的料理になったと考えられています。
考古学が証明した「麺」の最古の記憶
2005年に中国のラジア遺跡で4000年前の「アワ」で作られた麺が発見されました。一方で、マルコ・ポーロ説はアメリカの宣伝から生まれた神話という説もあり、現在も活発な研究が続いています。
ピザ:古代文明から続くフラットブレッドの歴史
パスタの特許を奪われたとしても、イタリアにはピザがあります。しかし、このピザも多くの反対意見はあるもののイタリア起源ではなくその前身は古代エジプト、ペルシャ、ギリシャそして古代ローマにあるのだそう。スペインの新聞「エル・コンフィデンシャル」によれば、ピザの名がギリシャ語の「ピッタ」、トルコ語の「ピデ」の派生語であることから、その起源はギリシャかトルコにある可能性が高いといいます。
2026年、ナポリピッツァは不動の地位
たとえピッツァのルーツがイタリアではなくとも、トマトとの運命的な出会いを経て「現代のピザ」を完成させたのはナポリです。ユネスコも「ナポリピッツァ職人の技」を無形文化遺産として認めています。
マルゲリータのピザ:王妃への献上か、あるいは古代からの伝統か

マルゲリータは、たった3つの材料で作られるシンプルなピザ。イタリア女王であったサヴォイア家のマルガリータが、イタリア国旗の色をしたピザを要求したのが起源だとされています。しかしこの女王の気まぐれから発生したピザは、もっと以前の古代ローマ時代から存在していたという証拠もあります。ちなみに古代ローマは現在のイタリアの領土にありましたが、厳密にはイタリアではありません。
王妃マルゲリータに捧げられた三色
バジル(緑)、モッツァレラ(白)、トマト(赤)の三色は、まさにイタリアの統合の象徴。2026年、歴史愛好家たちは、ポンペイの壁画に描かれたピザに似た食べ物の研究に熱中しています。遺跡観光の後は、当時のレシピを再現した「古代ローマ風フラットブレッド」をぜひ。
フォーチュン・クッキー:サンフランシスコで開花した日本の「おみくじ」
中にありがたい格言が入っていて、割るとそれが出てくるフォーチュン・クッキー。中国起源だと思われていますが、実際はアメリカ生まれで考案者は日本人もしくは広東人だといいます。可能性は二つ、日本人デザイナーのマコト・ハギワラが1909年に考案したとの説、そしてロサンゼルスにある香港ヌードルカンパニーの創設者、デビット・ユングが1918年に考案したとの説です。
江戸の「辻占煎餅」がルーツ?
サンフランシスコの日本茶園(ジャパニーズ・ティーガーデン)では、マコト・ハギワラ氏の功績を称える展示が行われています。彼が茶園を訪れる客に、おみくじを挟んだ煎餅を出したのがアメリカにおける始まりとされているからです。ゴールデンゲートパークの美しい日本庭園で、抹茶と歴史あるフォーチュン・クッキーを楽しんでください。
キウイフルーツ:ニュージーランドを象徴する「中国のベリー」
キウイの起源はニュージーランドにあると思われていて、ニュージーランドに住む人達もキウイと呼ばれています。しかし実際は中国、長江流域の豊かな森林地帯が原産地で、チャイニーズグーズベリーとして知られていました。その果実を1904年からニュージーランドが輸入するようになったのです。
長江からニュージーランドへ、そして世界へ
中国原産のこの果物がニュージーランドで品種改良され、ニュージーランドの国鳥「キウイ」に似ていることからその名が付けられました。中国の長江流域では「元祖キウイ(野生種)」を保護・育成し、観光資源にする取り組みも行われています。
スイスパン:マドリードの社交場から生まれた甘い誘惑
スイスパンと呼ばれていますが、実際はスペイン発祥のスイーツです。スペインの首都マドリードのアルカラ通りとセビリア通りの間にあるカフェ・スイス(Café Suizo)のミルクパンがその起源です。時が経つにつれてこのミルクパンはスイスを含む各国に広まりましたが、おもしろいことにスイスを含むスペイン以外の国ではスペインパンと呼ばれています。
19世紀のトレンドスポット「カフェ・スイス」
かつてマドリード随一の高級カフェだった「カフェ・スイス」は、当時の知識人たちのたまり場でした。現在、そのカフェは存在しませんが、マドリード市内の多くのベーカリーで「Suizo(スイソ)」という名で愛され続けています。
スイスパンと一緒に、濃厚なチョコレートドリンクを楽しむのがスペイン流の朝食です。
ナポリターナ:イタリアではなくフランスから来たチョコレートパン
ナポリターナはクロワッサンに良く似たパンの中にチョコレートやクリームが入ったもの。ナポリの名が付けられてはいますが、イタリアのナポリとは全く関係のない菓子パンです。起源ははっきりしませんがおそらくフランス発祥とされ、多くの国でフランス語でチョコレートパンを意味する「パン・オ・ショコラ」の名で知られています。
なぜ「ナポリターナ」と呼ばれるのか
一説には、フランスで流行したこのパンがスペインに伝わった際、ナポリ(当時はスペイン領だった時期もある)の名を冠して高級感を演出したのではないかと言われています。フランスのベーカリーでは、名前の論争よりも「バターの質」を競うトレンドが続いています。
【パリの名物】 焼きたての「パン・オ・ショコラ」をカフェオレに浸して食べるのがパリジャン・スタイルです。
私たちが当たり前のように食べている料理の多くが、戦争や移民、あるいは一人のシェフの機転といった歴史の荒波を越えて現在の形になったのです。2026年の旅行は、単に「見る」だけでなく、こうした食のルーツを「確かめる」旅にしてみてはいかがでしょうか。


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