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チリのイースター島の有名な観光地30選、イースター島の物価と治安、個性豊かなモアイ像について

      2021/10/11

南太平洋に浮かぶイースター島は、地球上で最も孤立した場所です。一番近い人の住んでいる大陸(チリ)は3,700kmの彼方にあり、無人島ですら400kmも離れているからです。イースター島を世界的に有名にしたのが、謎に包まれた巨石文明モアイの存在。周囲60kmの小さな島に1000体以上のモアイが現存します。

イースター島の名前の由来

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イースター島は5世紀頃から人が住んでいたのですが、絶海の孤島なので誰も存在を知りませんでした。1722年にオランダ海軍によって発見され、その日がキリスト教のイースター(復活祭)だったので、イースター島と名付けられました。

スペイン語だとイスラ・デ・パスクワ (Isla de Pascua) 。発見者が勝手に付けた名前なので、島の人達は元からあるラパ・ヌイ (Rapa Nui) の名で呼んでいます。ラパ・ヌイとは先住民の言葉で「広い大地」を意味します。

日本ではイースター島の名で浸透してしまいましたが、せめて現地にいる間は本来の名前、ラパ・ヌイと呼んであげましょう。自分達の島の文化を本当に大切にしている人達なので、とても喜ばれると思います。

世界遺産となったモアイ

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イースター島では7世紀頃から1000年に渡って、沢山のモアイ像が作られました。現存する1000体のモアイ像の半分近くは製造途中で、ラノ・ララクにあります。完成し島内に散らばったモアイ像の全ては部族抗争で倒され、後のチリ地震で大破してしまいました。

近年日本をはじめ各国の支援により、何か所かのモアイ群が修復され立ち起こされ、ラパ・ヌイ国立公園 (Parque Nacional Rapa Nui) として世界遺産にも登録されました。モアイ像だけでなく島の文化を今に伝える岩絵や住居跡なども含まれます。

モアイは大きいもので20m、重さは90トンに達します。これだけ巨大なモアイを一体何のために、どのようにして作ったのでしょうか。そしてイースター島のモアイ像の殆どが頭を下にして倒れている理由とは何なのでしょうか。別記事で詳しくまとめました。

チリのイースター島への行き方

イースター島は世界で一番の辺境の地なので、辿り着くのも一苦労。従来はチリの首都サンチャゴから国内線で訪れたのですが、かなりフライト時間がかかります。日本からチリへの直通便もないので、乗り換え回数が多いのもネック。

最近はフランス領ポリネシアのタヒチを経由するのが主流のようです。フライト時間が短くなるとは言え、日本からタヒチまで11時間かかります。タヒチからイースター島までも4,100km離れているので6時間程かかります。どのルートで行くとしても、イースター島はもの凄く遠いって事です。

イースター島の物価と経済

イースター島の人口は年々増えていて現在は8000人近く。島民の殆どが観光業に携わります。農業、畜産は発展させる土地がなく、魚介類が豊富な地域ではあるのですが、島の周囲の海が浅く大型漁船が入れる港がないからです。

生活に関する殆ど全てのものが、3,800km離れたチリ本土からの空輸されてきます。だからイースター島では何もかもが驚くほど高い。物価の高さに加えて、収入が観光客頼みなので大変不規則。人口増加で限られた仕事を多くの人で奪い合う形にもなりました。

そんな状況なのでイースター島では、経済的に苦しい家庭の方が多いのだそう。それでも皆さん口を揃えて、島を愛しているからイースター島を離れて暮らす事は出来ないと言い切ります。

イースター島の有名な観光地

イースター島は=でモアイ。確かに観光の目玉ではありますが、どのモアイ像も似通っているので、途中で飽きてしまう人もいるかもしれません。だからこそモアイに関する色々な知識を頭に入れてから見学しましょう。

同じように見えていたモアイ像が、一つ一つ個性豊かに見えてくるはずです。イースター島ではモアイが最大の観光資源ですが、モアイ像以外にも素敵な観光名所が沢山あります。

島内最大規模のモアイ群

1000体近くもモアイ像があると、いくら小さな島とは言え全てを見るのは不可能です。まずはイースター島最大規模の一番有名な観光地、15体のモアイが並ぶアフ・トンガリキ (Ahu Tongariki) を訪れましょう。

イースター島内で唯一、モアイの背後に登る太陽が見れる場所。頑張って早起きして訪れましょう。アフ・トンガリキのモアイを修復し、立ち上がらせたのは日本のクレーン会社TADANOさん。そのお陰でイースターの人達はメチャクチャ親日家です。

パスポートを持つモアイ

アフ・トンガリキの15体のモアイ群の近くに、ポツンと一体のモアイが居ます。パスポートを持つモアイと呼ばれ、イースター島で唯一海外旅行の経験があります。1970年の大阪万博に招待されたモアイなんです。日本までの道程で破損しないよう、細心の注意と当時最上の技術が使われたのだそう。

モアイを製造していた場所

アフ・トンガリキのモアイ群を訪れたら、次に訪れるべき場所はラノ・ララク (Rano Raraku) 。モアイ像はこの山の凝灰岩を石の斧で削り出して作りました。ラノ・ララクでは製作途中のモアイなども見る事が出来ます。

山のあちらこちらにモアイ像がゴロゴロ転がっていて、かなりインパクトのある光景。400個ぐらいあり、一か所でこれだけ多くのモアイが見れるのはラノ・ララクだけです。モアイ製造工場ラノ・ララクに関する詳細は別記事にまとめました。

イースター島最大のモアイ

ラノ・ララクにはイースター島最大のモアイがあり、ピロピロと呼ばれています。高さ21,6m。肩から下は埋まっていますが、顔の大きさが凄いので巨大さは実感できるかと思います。胴体部分は見えませんが、完成はしているのだそう。

膝まづくモアイ

同じくラノ・ララクにあるトゥリトゥリと呼ばれるモアイにも注目して下さい。正座しています。かなり初期のモアイなのですが、ずっと土に埋もれていたので劣化が少ないです。イースター島に一体しかない、足つきのモアイです。

アフ・タハイのモアイと夕日

アフ・タハイ (Ahu Tahai) には5体のモアイが並びます。直ぐ近くに目入りのモアイ、先住民が暮らしていた村の跡、イースター島をより深く学べる博物館もあるので見所盛沢山の場所。ハンガロア村から歩いて15分位で行けるアクセスの良さも魅力です。

でも個人的にアフ・タハイ最大の魅力は、モアイを背に夕日が沈む光景だと思います。真っ赤に染まるモアイの姿は、何とも幻想的。治安の良いイースター島なので、夕飯を持参してピクニックしながら壮大な景色をゆっくり楽しんで下さい。

目の付いたモアイ

アフ・コテリク (Ahu Koteriku) もとても興味深いモアイです。レプリカではありますが、島内で唯一目が入ったモアイです。モアイ像にとって目はとても重要なもの。目を入れる事で初めて霊力(マナ)が宿るとされたからです。

モアイを倒し合う部族間抗争が起きた時は、力を奪う為に顔を下に向けて倒し、真っ先に破壊したのがモアイの目です。だからイースター島のモアイ達には、くぼみがあるだけで目が付いていないのです。

イースター島博物館

目の入ったモアイは、アナケナ・ビーチで発見されたモアイの目を参考にして復元されました。モアイ倒し戦争でどのモアイの目も徹底的に壊されたので、現存するのは1つだけ。その貴重なモアイの目が展示されている博物館です。

白目の部分は白珊瑚、黒目は赤みを帯びた凝灰岩を使っています。モアイの目の他にも、世界に数十枚しかない先住民のロンゴロンゴ文字が刻まれた板、モアイを作った石器なども展示されていて、小さいながらも貴重で特別な博物館です。

海を眺めるモアイ

モアイには集落を守る役割があるので、海を背に島内を向いて置かれます。アフ・アキビ (Ahu a Kivi) にある7体のモアイ像は、イースター島内で唯一海に顔を向けて立っています。近くに人の集落も見当たらず、謎だらけのモアイ群。

伝説によればイースター島に初めて渡って来た人物は、ホツ・マツア王。現在はフランス領である「ヒバ・マライ・レンガ」という島が崩壊しそうになり、新たな土地を探して辿り着いたのがイースター島だったとされます。

アフ・アキビの7体のモアイ像は、ホツ・マツア王と一緒にイースター島へやって来た7人の王子との説があります。「アフ・アキビのモアイ達は、海の向こうの遥か彼方にある故郷を思って立っているんだ」なんてガイドさんが言うから、郷愁にふけるモアイにしか見えず、何だかとても感慨深かったです。

イースター島で一番美しいビーチ

イースター島は断崖絶壁や岩場が多いので、砂浜のビーチは2つしかありません。その内の大きくて美しい方がアナケナ・ビーチ (Playa de Anakena) 。白浜の美しいビーチは観光客に限らず地元の人達からも大人気です。

イースター島には今も昔も大きな船が入れる港がありません。大型客船でやってくる大量の観光客は、沖合で小さなボートに乗り換えてアナケナ・ビーチを目指します。アフ・トンガリキのモアイ像を修復した大型クレーン車も、チリの軍艦から上陸用の船に乗り換えてアナケナ・ビーチに上陸しました。

イースター島に初めてやってきた人物、ホツ・マツア王が最初に踏んだのもアナケナ・ビーチの白い砂。島内で唯一ココヤシの木が生い茂る場所でもあります。イースター島に生えていたヤシの木は絶滅してしまったので、お隣の島タヒチから持って来て植えたのだそう。

一番保存状態の良いモアイ

美しいアナケナ・ビーチを背にして立っているのがアフ・ナウナウ (Ahu Naunau) のモアイ像。部族間抗争で地面に倒されてから、ずっと長い間砂に埋もれたままだったので、イースター島内で一番保存状態の良いモアイ達です。

細かな砂に埋もれていた事で浸食を免れる事が出来ました。モアイの胴体に掘られた装飾も消えずに残っているので注目して下さい。同じ祭壇上に体の一部しか残っていないモアイ像もあります。砂の外にあったので、雨風や太陽の光で浸食してしまったのだそう。

保存状態の良さに加え、アフ・ナウナウの4体のモアイは赤いプカオを頭にのせています。帽子のように見えますが、当時の島民がしていた髪型、髷を模したもの。プカオをのせているモアイは島内に6体だけ。その内の4体がアフ・ナウナウにあります。

イースター島博物館で展示されているモアイの目も、ここで発見されました。アフ・ナウナウには2つの祭壇があり、複数のモアイが立つ方の祭壇を修復していた際にモアイの目が発見されたのだそう。

大英博物館にあるモアイ

イースター島で一番保存状態の良いモアイはアフ・ナウナウ。でも最も完璧な形で現存するモアイは、イギリスの大英博物館にあります。ホア・ハカナナイアと呼ばれ、先住民族の言葉で「盗まれた友」を意味します。なんともやるせない気持ちが詰まった呼び方です。

最初に立ち上がったモアイ

アフ・ナウナウから少し離れた場所に、ホツ・マツア王のモアイが一体あります。ノルウェーの探検家トール・ヘイエルダールによって、イースター島で初めて掘り出され立ち起こされたので、最初に立ち上がったモアイと呼ばれています。

1956年、ノルウェーの探検家はクレーンなどの近代的な技術を使わず、当時と同じく石、ロープ、木材のみを使用した方法でモアイを立ち上がらせました。12人の屈強な人力と18日間、そしてモアイの立とうとする強い意志が必要だったとの事です。

モアイと冒険家とコン・ティキ号

南米のインカ文明とポリネシア文明には多くの共通点が見られるので、ポリネシア人の祖先は、南米から海を渡ったアメリカン・インディアンだと信じる人が多いです。トール・ヘイエルダール氏はそれを立証する為に、松、竹、麻など古代でも入手可能な材料のみを用いて一隻の筏を製作しました。

コンティキ号と名付けられた筏は、風と海流の力だけを頼りに102日間8,000kmの航海に成功し、ポリネシア人の祖先がアメリカ・インディアンである可能性を証明しました。その漂流航海を記したコン・ティキ号探検記は、世界的なベストセラーとなり、映像化もされます。

2012年にはノルウェーが莫大な製作費をかけて映画「コン・ティキ」を作りました。とても素敵な作品なので、イースター島を訪れる前に是非見ておいて欲しい。ロマン溢れる冒険家、ヘイエルダールが掘り起こしたモアイを見ていると、心がワクワク高揚し、冒険心が沸き上がってくるような気がします。

イースター島の鳥人儀礼

モアイ崇拝が廃れると、鳥人儀礼と呼ばれるレースで権力者を決定するようになります。島の各部族の選ばれし者が、崖を駆け下り、2km先のモツ・ニュイ島まで泳いで渡り、マヌ・タラ(軍艦鳥)が最初に産み落とす卵を持ち帰る競技です。

断崖絶壁の崖は300mあり、サメがウヨウヨいる強い海流を横切らなければならないので、まさに命がけのレース。勝者は鳥人として崇められ、その部族の長は次のレースまで島の実権を握る事が出来ました。

イースター島に古くから伝わるマケ・マケ神の化身とされるのが鳥人です。逃げ場のない絶海の孤島に生きるイースター島の人達だからこそ、自由に海を越えて飛んでいく事のできる鳥人を強く深く崇拝したのです。

鳥人儀礼の儀式村

イースター島南西部にあるラノ・カウ 火口の頂上にオロンゴ (Orongo) があります。19世紀中頃まで続いた鳥人儀式のための儀式村で、ハンガロア村からは車で30分位の距離。儀式の際に使用されていた石造りの家や、鳥人やマケマケ神が彫られた岩絵などが沢山残っています。

イースター島で一番の眺望

ミラドール (Mirador) はスペイン語で展望台を意味するので、ミラドールの文字を見つけたら必ず立ち寄りましょう。素晴らしい景色が必ずあります。イースター島では特にラノ・カウ (Rano Kau) のミラドールが感動ものでした。オロンゴ儀式村へ向かう途中にあり、カルデラ湖を一望出来ます。その美しさは、この世のものとは思えないほど。

イースター島とカニバリズム

ラパヌイ語でアナは洞窟、カイは食べる、タンガタは人を意味します。つまり食人洞窟。アナ・カイ・タンガタ (Ana Kai Tangata) と呼ばれる洞窟では、鳥人儀礼の敗者が生贄となり食されました。勝者が相手のマナ(霊力)を体内に取り込む大切な儀式だったのだそう。洞窟の天井には鳥人の壁画が残されています。

モアイの髷製造工場

後期のモアイは頭の上にプカオと呼ばれる赤い石をのせています。当時のイースター島民は、長い髪を赤く染め頭の上で結っていたので、その姿を表現しているのだそう。

モアイはラノ・ララクの凝灰岩で作るのですが、プカオはプナ・パウで採れる鉄分を多く含んだ赤い凝灰岩を使います。プナ・パウへ行くと、モアイではなくプカオがゴロゴロ放置されています。

スペースシャトル用の滑走路

イースター島のマタヴェリ空港 (Mataveri Aeripuerto) の滑走路は、小さな島の空港にそぐわず3300mもあります。アメリカのNASAがスペースシャトルの緊急着陸用に巨額の資金をかけて造ったからです。飛行機着陸用としては無用に長く、スペースシャトルが来る事も無かったので、ガイドさんの面白話のネタでのみ活躍しています。

イースター島の住民の食生活

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空輸で運ばれてくる食べ物は何もかもが高いので、島の人達は何とか自給自足でまかなおうとしています。海に囲まれているので、地元の人達は何らかの形で魚介類を入手する機会が多いです。

今も昔もイースター島の人達の食の基本は肉よりも魚。シイラ科の魚を良く食べます。全世界の暖かい海に生息し、イースター島で最も好まれている魚。筋肉質で脂身が少ないので、網で焼くのではなくフライパンに油をひいて調理します。

鮮度を保持するのが大変難しい魚なので、購入したその日に内に食べるのが一番。ただイースター島の人達はシイラを良く食べますが、特別にシイラを選んで食べている訳ではありません。通常島の人達は魚屋で魚を購入しません。

近所に必ず何人かは釣った魚を売って生計を立てている人がいるので、その人達から魚を購入します。釣り人がその日に釣れた魚が今日のご馳走。魚の種類を選ぶことはありません。ただ確率的にシイラが一番多いとの事でした。

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