キューバの治安、キューバ人の暮らし、キューバとは何なのか、そしてキューバの今後とは?
2019/05/17
キューバとはどんな国なのでしょうか?とにかく不可思議で、キューバでしか起こらない、ありえない現象が山ほどある国。そんなキューバがカストロが死去した今、もの凄い勢いで変化しています。だからこそ全てが変わってしまう前に、今こそ絶対訪れて欲しい国です。
キューバの治安 キューバは安全な国なのか危険な国なのか
キューバはとても不思議な国だ。謎だらけの国だ。基本的にキューバの人達の生活は貧しい。でも社会主義の国なので貧富の差は余り感じられない。皆が皆、均等に貧しいように思える。だからキューバの街を歩くとびっくりする。
普通海外には足を踏み入れた瞬間に「ヤバいな」と感じる地区がある。必ずある。朽ちかけた建物が並び、全体的に薄暗く、仕事をしていない不健康な、見るからに薬物中毒っぽい人達が道路の端に座り込んでいるような地区だ。
でもキューバにはそのような地区は存在しない。その代わり街全体が朽ちかけていて、街全体の家々が半壊していて、街全体が薄暗く、街全体に老若男女がワラワラしている。貧困層が住む地区が無い代わりに、街全体がハーレムのような形相をしている。
そしてキューバの夜は首都ハバナですら本当に暗い。世界で一番危険な街、との悪評高い南アフリカ、ヨハネスブルグ出身の旅行者ですら、キューバ初日の夜は怖がって外を出歩かなかった。
でも一日街を歩けば直ぐに気づく。建物が半壊してゴーストタウンのようになってはいるけれど、そこに住むキューバの人々は底抜けに明るく、幸せそうで、多分世界でも一位ニ位を競うぐらいの安全な国だと。
キューバの真っ暗闇で気を付けなければならないのは泥棒ではなく、穴の開いた道路の方だと。
アメリカがキューバに与える影響
しかしこの国は何故こんなにも貧しいのだろう。アメリカ大陸で初めて成立した社会主義政権にちなんで「カリブに浮かぶ赤い島」と呼ばれたキューバ。アメリカはキューバを嫌い、キューバもアメリカを嫌って、この小さな国は大国アメリカと衝突し、冷戦がとうに終わった今の時代もまだアメリカから経済封鎖を受けている。
だから慢性的な物不足が深刻で、キューバでは色々な物がなかなか思うように手に入らない。建物や道路が壊れても修復する素材が無い。新しい車だって入手するのが難しいから、街中にアメリカの古き良き時代のクラッシックカーが溢れている。
本物のクラッシックカーが普通に街中を走っているので排気ガスが凄まじく、街全体が常に黒く汚染されている感じだ。そしてエネルギー不足が本当に深刻なので夜はとてつもなく暗く、年中何時でも停電が起きる。
キューバは世界で一番有機農業が盛んな国(必要に迫られて)
そんな不思議ワンダーランド、キューバは世界で一番有機農業が盛んな国でもある。ソ連が崩壊し、ソ連圏との貿易関係も崩壊すると農薬と化学肥料の輸入量が80%減った。農業用の石油の輸入も半分になった。
それに伴いアメリカのように近代化、工業化されていたキューバの農業も崩壊した。アメリカとの経済封鎖は相変わらず継続していたから、突然キューバの農民たちは石油や機材、トラクターの部品、タイヤ、化学肥料などを得る事が不可能になったのだ。
この農業危機に対してキューバ政府が行った対策は、とてもユニークなものだった。元々キューバは知的水準の高い国だ。科学者が人口の11%をも占める。そんな確かな知識を持った科学者の指示のもと、農薬や化学肥料によって低下した地力を取り戻すべく、キューバは有機農業に力を入れ始めた。
そして有機農業の実践を助ける為に洗練されたバイオテクノロジーを導入した。通常「有機農業」と「バイオテクノロジー」が一緒に使われる事は余り無い。キューバが実施しているのは、この相反する2つのコンセプトを統合させた究極の農業の形だ。
そんな難しい話はさておき、キューバの農民にとって「有機農業」は必要に迫られた唯一の選択だった。ガソリンやトラクター等の機械の入手が困難なので馬や牛を使い、化学肥料も手に入らなかったので人や動物の糞尿を使った。土地を肥やす為にミミズを使い、害虫駆除の為に虫を放った。
キューバでの食事が世界で一番美味しい訳
そんな有機農業で作られるキューバの野菜は本当に美味しい。一つ一つの野菜の味がはっきり、しっかりとしていて、何もかもがほんのり甘く、太陽の味がする。
そしてキューバの食事情で一番顕著なのが、この国の食べ物にはシーズンがあるということ。キューバでは季節の食べ物しか手に入らない。今の時代、年中売っているトマトやジャガイモでさえこの国ではシーズン中にしか食べられない。
これは料理を作る上で大変不便ではあるけれど、旬のモノを旬の間に食べるキューバの料理は、便利な時代の便利な国に生きている私にはとても新鮮で、とても貴重なモノに感じられた。
それだけでなく、旬な間に食べる旬のモノの美味しさは、何事にも変えられない格別な美味しさだった。
キューバで見つけたこの世の楽園でホームスティ
私はキューバに二か月程住んでいた。そのうちの一か月はド田舎の農園でホームスティをしていた。場所は首都ハバナから車で4時間程の距離にあるピナール・デル・リオの村。正確に言えばそこから更に郊外に位置する農園。
電気も水もガスも通っていないド田舎の農園に4人のお年寄りの兄弟たちが住んでいる。村から遠く離れているので、農園の食事は自給自足が基本。そしてこの農園での食事は、私の人生の中で一番美味しかった食事の記憶でもある。
優しい褐色の天使たちに囲まれて過ごした一か月は夢のような日々だった。何もないからこそ、何もかもがあった。本当にこの世の楽園のような暮らしだった。次回はキューバでホームスティした時の体験をご紹介したいと思う。
楽しくて愛しくて不思議なキューバでのホームスティ体験 その1