世界食べ尽くしの旅 

世界のグルメ、世界のレシピ、世界の観光地、世界の情報を詰め込んだブログ

スペインの闘牛は何時、何処で見るべきか、スペインの闘牛の歴史と祭

      2021/02/19

春の訪れと共に、スペインの闘牛シーズンが始まります。スペインと言えば闘牛なのですが、実際の所スペイン人の殆どが闘牛を嫌っています。動物愛護の精神から、残酷だと思う人が多いからです。闘牛をスペインの文化と認めている人も多く居ます。好き、嫌い、賛成、反対、芸術、低俗、伝統文化、野蛮文化。スペインで一番意見が分かれるのが、この「闘牛」の存在かもしれません。

スペインの闘牛シーズン

闘牛は春から秋にかけて、3月から10月の間に開催されます。最近は人気が低迷していますが、それでもサッカーに次いで2番目に多い興行です。サッカーのシーズンが秋から春にかけてなので、スペイン人を熱狂させる2つの行事が被らないようになっています。

年々若者を中心に、闘牛離れが激しいのですが、闘牛はスペイン各地の祭と同時に開催されます。熱狂的な闘牛ファンは激減していますが、お祭と言えば闘牛、のスタンスは今も昔も変わりません。パンプローナ県のサン・フェルミンの牛追い祭は、中でもかなり闘牛色が強いのですが、現在も多くの老若男女を熱狂させています。

スペインの闘牛は何処で見るべきか

春から夏にかけてスペイン各地で開催される闘牛。闘牛と祭は強く結びついているので、祭が大きくなればなる程、格のある闘牛士による質の高い闘牛が開催されます。闘牛士は小さな村祭の闘牛場でデビューし、場数を踏みながらより大きな祭の闘牛場を目指すからです。

闘牛士にとって憧れの舞台は、3月にバレンシア地方で開催される「火祭り」、5月のマドリッドの「サン・イシドロ祭」、7月のパンプローナの「サン・フェルミン祭」、10月中旬のサラゴザの「ピラール祭」。だからこの4つの祭の闘牛を観戦すれば、スペイン最高峰の闘牛士による、最上の闘牛を見る事が出来ます。

この4つの祭の他にも、スペインには数多くの祭が存在します。こちらの記事にまとめてみました。基本的に祭=闘牛なので、祭があるなら闘牛が開催されているはずです。

スペインの闘牛のチケットの取り方

闘牛の質を決定するのは、闘牛士の技量だけではありません。由緒ある闘牛牧場からやってくる最強の牛と戦って、初めて最上の闘牛となります。そんな最上の「闘牛」はチケットが取りにくく、お値段もかなり高騰します。

闘牛は好き嫌いが激しく分かれる興行です。血を見る事、牛を殺す事の残酷さに気分が悪くなってしまう人もいます。1回試しにみるだけなら、小さな村祭の闘牛を見た方が良いかと思います。

村祭なら当日券が簡単に買えます。値段は座席によって異なりますが、大きな祭の闘牛とは比較にならないほど安いです。安い値段なら途中退場もし易い。でも席を立つ場合は、必ず切れ目を見計らって周りの人達の邪魔をしないよう気を付けて下さい。

気を付けなくてはならないのは、闘牛場の無い村も存在します。闘牛の本場、スペイン南部のアンダルシア地方の村々なら、必ず闘牛場があるかと思います。こちらの記事でお勧めの白い村をまとめてあります。

スペインの闘牛の起源

闘牛の牛は、スペインに古くから生息していた牛です。紀元前2000年の旧石器時代、狩猟世界だった時代の壁画に一番数多く描かれている野生の牛が、今ある闘牛の牛の祖先です。

野生の牛は収穫の守り神として称えられ、それが何時しか神聖なモノに捧げる生贄的存在となりました。神の存在が確立していなかった時代に、神格化されていた巨木や巨石に捧げられたのです。

時が経ち、ある春の訪れを祝う宗教的な祭で、1人の青年が牛と闘い、殺し、その血を村の大地に撒いたと言います。一説ではそれが闘牛の起源だとされています。

闘牛の歴史

闘牛はスペインだけのものではありません。青銅器時代のイタリアでも同じような儀式が行われていました。ローマ時代となると宗教的な意味が失われ、”パンとサーカス”の名のごとく、スペクタクルな見世物としての「闘牛」が始りました。

中世になるとサーカス的な「闘牛」は姿を消し、今度は戦の練習として、馬に乗った騎士が牛と戦うようになりました。15世紀頃には、新兵器の発明で騎士達の戦い方が変わり、このような訓練は必要とされなくなりました。それでも騎士達の技能や勇気を試す為の「闘牛(牛と人との戦い)」は失われる事がありませんでした。

お金持ちの道楽としての闘牛

騎士達は広場に集まり、牛と戦う事によって技量を競い、村人達はこぞってそれを見物しに出かけました。こうして馬の上から手槍で牛を突くスタイルの闘牛が生まれました。

闘牛はエリート達によるスポーツで、エリート達が一般庶民に披露する演劇のようなモノでした。そんな闘牛を貧乏人達に混じって観戦し、狂喜乱舞していたのがカルロス5世です。王族の中で一番の闘牛好きとして知られる彼の統治下で、闘牛が盛んに開催され、定着しました。

お金持ちから貧乏人の手に渡った闘牛

1700年、カルロス2世が世継ぎの無いまま死亡すると、スペイン継承戦争が始まりました。勝利したのは初のブルボン王朝家のフェリーペ5世です。彼が王としてスペインへと乗り込んで来た時、寵臣達はどうにか彼を喜ばそうと闘牛に連れ出しました。

闘牛に馴染みの無かったフェリーペ5世は、拒絶反応を示しました。そうなると家臣たちも王にならい、闘牛離れが始まります。こうして王族、貴族達が闘牛から離れていくと、貧乏人による貧乏人の為の「闘牛」の時代が幕を開けました。そしてそれは一攫千金を目指した、アメリカンドリーム的な「闘牛」へと進んでいくのです。

見世物から芸術へと変化した闘牛

初期の頃の闘牛は、芸術と呼ぶには程遠いシロモノでした。セレクションが無いので、人間相手には大き過ぎる8~10才の牛が使用されていたのです。(現在使用されているのは5才前後の牛)

闘牛が強すぎたので、戦うと言うよりは、ドタバタ逃げ回る感が強かったといいます。そんな闘牛に「待った」をかけたのがフアン・ベルモンテ(Juan Belmonte)、闘牛士の父と呼ばれる男です。

フアンは美しい闘牛を目指し、彼の出現によって闘牛の基礎が出来上がりました。闘牛が芸術化し、それが現在に続く、スペインの伝統文化としての闘牛の礎となったのです。

スペインの闘牛のこれから

バルセロナでは2011年に闘牛が法律で禁止され、闘牛場は外側だけを保存して、ショッピングセンターに改造されました。禁止されていない他の地域でも、動物愛護の精神が年々高くなっているので、闘牛シーズンとなると各地の闘牛場で抗議活動が起ります。今後はバルセロナのように闘牛が禁止される県も出てくるのかと思います。

現在ではスペイン国民の大半が闘牛を好ましく思っていません。闘牛をスペインのシンボルとされる事に大きな抵抗を感じています。スペインと言えば闘牛、そんな時代は終わっていくのかもしれません。ただ闘牛はスペインの祭と大変強く結びついています。全ての闘牛が廃止されるには、スペイン人は余りにも祭が好き過ぎるので、難しいかなとも思います。

スペイン闘牛の聖地として有名なロンダの街に関してはこちらの記事でまとめてあります。

 - まとめ記事, スペイン, 世界の観光、雑学まとめ, 南欧 ,